
ヴァティカーノ宮ニッコロ5世礼拝堂
ニッコロ5世礼拝堂は教皇ニコラウス5世が書斎として使用していた部屋。新教皇は芸術・文学・学問研究に興味と理解を示しその奨励に努めていた。この壁画連作でフラ・アンジェリコは自己の芸術の集大成を示すことができた。
壁面上部半円形の部分に聖ステファヌス伝、その下矩形壁面に聖ラウレンティウス伝、それぞれの画面の間の縦長い部分には聖人たちの単独立像が描かれている。
聖ラウレンティウスはアラゴン出身で、シクストゥス2世の助祭として活躍し、258年皇帝デキウスの治下殉教した。
画面はイスパニアを旅行していたシクストゥス2世がラウレンティウスとその親類ウィンケンティウスと出会い、二人が礼節正しく品行も優れていたためローマに連れて帰った場面。古代風の円柱列に支えられた会堂で、教皇はラウレンティウスを助祭に任じ、聖体盒の保護管理を託している。このとき教会の財宝の管理も委ねたとされる。ウィンケンティウスは故国に帰りそこで殉教している。
1440年代 ヴァティカーノ宮ニッコロ5世礼拝堂フラ・アンジェリコ Fra Angelico
教皇シクストゥス2世により助祭に任ぜられる聖ラウレンティウス
271×197cm
壁面上部半円形の部分に聖ステファヌス伝、その下矩形壁面に聖ラウレンティウス伝、それぞれの画面の間の縦長い部分には聖人たちの単独立像が描かれている。
聖ラウレンティウスはアラゴン出身で、シクストゥス2世の助祭として活躍し、258年皇帝デキウスの治下殉教した。
画面はイスパニアを旅行していたシクストゥス2世がラウレンティウスとその親類ウィンケンティウスと出会い、二人が礼節正しく品行も優れていたためローマに連れて帰った場面。古代風の円柱列に支えられた会堂で、教皇はラウレンティウスを助祭に任じ、聖体盒の保護管理を託している。このとき教会の財宝の管理も委ねたとされる。ウィンケンティウスは故国に帰りそこで殉教している。
1440年代 ヴァティカーノ宮ニッコロ5世礼拝堂
教皇シクストゥス2世により助祭に任ぜられる聖ラウレンティウス
271×197cm
