
中世の文化 ヨシフ派・自由思想家
教会のあり方を巡る著作もあった。14世紀後半からノヴゴロドを中心にストリゴーリニキ異端が現れて正統教会を批判していた。15世紀末には「ユダヤ派」と呼ばれる異端がノヴゴロド、次いでモスクワに現れ、聖職売買や教会の堕落、時には三位一体の教義やイコンを偶像として批判した。
教会側はノヴゴロド大主教やヨシフ・ヴォロツキーが「啓蒙者」などの著作を通して異端を断罪した。ヨシフ派(保有派)は教会や修道院の社会的意義を説き、所領経営を是認していたので、一部の修道士(非保有派・「ヴォルガの彼方の隠者たち」)から批判されたが、正教会内の主流派となった。ヨシフ派はルネサンス期のイタリアで学び、アトス山で修道生活を送り、ロシアで著述活動をしていたギリシア人マクシム・グレクも迫害した。その後モスクワ君主権力を積極的に支持するようになり、教会が世俗権力に従属するというロシア教会のあり方が固まってきた。
世界各国史22 ロシア史
教会側はノヴゴロド大主教やヨシフ・ヴォロツキーが「啓蒙者」などの著作を通して異端を断罪した。ヨシフ派(保有派)は教会や修道院の社会的意義を説き、所領経営を是認していたので、一部の修道士(非保有派・「ヴォルガの彼方の隠者たち」)から批判されたが、正教会内の主流派となった。ヨシフ派はルネサンス期のイタリアで学び、アトス山で修道生活を送り、ロシアで著述活動をしていたギリシア人マクシム・グレクも迫害した。その後モスクワ君主権力を積極的に支持するようになり、教会が世俗権力に従属するというロシア教会のあり方が固まってきた。
世界各国史22 ロシア史
16世紀中頃になると、正統教会や社会・政治を批判する「自由思想家」が多くなった。ホロープ制(奴隷制)がキリスト教精神に反することを説いたマトヴェイ・バシュキン。聖書と向き合い自己完成を説いた修道士アルチェミー、その弟子で人間の平等を説き、ホロープ制と領主権力を否定したフェオドーシー・コソイがいた。後二者は迫害を逃れてリトアニアへ行き、自らの主張を訴え続けた。
1553年頃、ロシアで最初の書籍印刷がおこなわれたとされるが、印刷者などは知られていない。その後モスクワのニコーリスカヤ街に印刷局ができ、1563〜64年にイヴァン・フョードロフによって最初の本「使徒行伝」が印刷された。彼はその後異端の疑いをかけられ、リトアニアに逃れている。
ロシアで印刷されたのはおもに神学関係の書籍で、印刷術がロシアの学術・文化の発展に寄与することは少なかった。
年代記・戦記 建築・絵画
用語集 ヨーロッパ史 ロシア史
1553年頃、ロシアで最初の書籍印刷がおこなわれたとされるが、印刷者などは知られていない。その後モスクワのニコーリスカヤ街に印刷局ができ、1563〜64年にイヴァン・フョードロフによって最初の本「使徒行伝」が印刷された。彼はその後異端の疑いをかけられ、リトアニアに逃れている。
ロシアで印刷されたのはおもに神学関係の書籍で、印刷術がロシアの学術・文化の発展に寄与することは少なかった。
年代記・戦記 建築・絵画
用語集 ヨーロッパ史 ロシア史