大航海時代とルネサンス 大航海時代 ルネサンス 歴史 参考文献 index

コムーネ

皇帝が支配していた北部のイタリア王国(ミラノ)では、皇帝が任命した伯、司教、代官が都市を支配していた。教皇との争いで皇帝の権力が弱まると、教皇の教会改革を支持し、十字軍で気分が高揚した民衆は、教皇が任命した改革派の司教と連携して、皇帝が任命した都市領主に対する不服従運動を始めた。改革派の司教は住民の協力がなくては都市を支配できず、都市支配への住民の参加を認めた。実際の支配に参加したのは、従来の皇帝に任命された都市領主のもとで実務を経験していた都市貴族だった。
都市貴族は1097年、住民の自治共同体(コムーネ)の住民の代表者(コンソリ)を選出して、ミラノの権力は皇帝、教皇、コムーネの三重構造になった。やがてコムーネの権力が、皇帝の承認を得ずに実力で、他の権力を抑えるようになった。
皇帝が特権を与えていないコムーネが行使する租税徴収権、裁判権、役人任命権などは、皇帝の権利(レガーリア)を不法に侵害するものだった。またコムーネから圧迫された伯、領主、自治集落などは皇帝に救援を求めていた。
1158年、皇帝フリードリヒ1世はロンカリアで帝国議会を開き、レガーリアを明確にし、本来は皇帝に帰属するレガーリアを回復するのが原理的に可能とされた。以後、皇帝からコムーネへのレガーリア授与証書の発給が増えた。皇帝に従順な都市のコムーネは、貢祖支払いと執政官選出への皇帝の影響力を承認してレガーリアを授与された。皇帝に反抗的なミラノなどの北部都市は、皇帝からレガーリアの返還を強く要求された。