
フィリップ4世
フィリップ4世美王(ル・ベル 在位1285〜1314)
13世紀の王権の確立によって、教皇が世俗の君主を廃位できるとする神権政治の観念は受け入れられなくなった。フィリップ4世と教皇ボニファチウス8世が対立し、フランスの世俗のことがらに関しては、国王権力が教会に優先するという、ガリカニスム(フランス教会の独自性を主張)の考えが広まっていく。
国王を中心とする行政・司法の機構が整備されていった。
11世紀に国王会議、クリア・レギスがつくられた。
12世紀には国王内廷(王の家政機関)と国王宮廷(国政機構)に分かれた。
13世紀には国王宮廷から、重臣会議、国王顧問会議、高等法院の組織がつくられた。
14世紀にはあらたに会計院と三部会がつくられる。
13世紀の王権の確立によって、教皇が世俗の君主を廃位できるとする神権政治の観念は受け入れられなくなった。フィリップ4世と教皇ボニファチウス8世が対立し、フランスの世俗のことがらに関しては、国王権力が教会に優先するという、ガリカニスム(フランス教会の独自性を主張)の考えが広まっていく。
国王を中心とする行政・司法の機構が整備されていった。
11世紀に国王会議、クリア・レギスがつくられた。
12世紀には国王内廷(王の家政機関)と国王宮廷(国政機構)に分かれた。
13世紀には国王宮廷から、重臣会議、国王顧問会議、高等法院の組織がつくられた。
14世紀にはあらたに会計院と三部会がつくられる。
国政全般をあつかう国王顧問会議には、王の兄弟や親族など、有力重臣や貴族の一員が参加していたが、多数を占めていたのは20〜30人の専門の官僚たちだった。実務によって法律に詳しい人たちや、大学で法学を学び学位を取得した人たちは法曹家(レジスト)と呼ばれる。レジストのひとり、ギヨーム・ド・ノガレは、1302年フィリップ4世と対立していた教皇ボニファチウス8世を避暑地で急襲し、その顔面を殴打して歴史に名前を残している。
金融や租税については、パリのブルジョワやイタリア人銀行家が重用された。全国の関税網が整備され、租税システムが構築された。官僚たちの知識や能力を政治に活用するには、フィリップ4世の支配者としての力量が必要だった。
用語集 ヨーロッパ史 フランス史
世界各国史12フランス史
金融や租税については、パリのブルジョワやイタリア人銀行家が重用された。全国の関税網が整備され、租税システムが構築された。官僚たちの知識や能力を政治に活用するには、フィリップ4世の支配者としての力量が必要だった。
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世界各国史12フランス史